かっこうつける

ガンダム作品で、イグルーやジ・オリジンなどのCG作画のMSを観ると個人的にがっかりしてしまうポイントの1つが、かっこうつけた過剰なアクションです。

例A ザクのアクション

①は至って普通に銃を構える動きです。おもしろい演出ではありませんが、自然です。②はCG作画でよく目にする動きです。銃を構える際に、一度大きく振り上げてから目標に向けます。動きを派手に見せる演出ですが、戦闘中にこれ見よがしに無駄な動きをしていて、カッコ悪く感じます。(似たものにチェック)この後は大抵、大振りな高速ターンと、宙を蹴るような動きで離脱する。メリハリを付けようという意図なのでしょうが、3Dモデルのソリッドな外形で、セルのように動きのコマが飛ぶこともないと、終始の動きの必然性の無さが隈なく目についてクドいです。

むしろモデルがあればセルよりも動かしやすいからか、平面アニメのデフォルメされた動きに比べても過剰なアクションをさせている印象があります(強調と蛇足の境界と言うか、タイミングの問題というか…回し蹴りと、回ってから蹴りの違いのような)。観る側の好みの問題といえばそれまでのことです。ただし、見た目をリアルに近づけると、増えた情報に相応の動きを期待してしまうのは、自然な見方ではないかと。(トーシロがこんな解説するのも違うと思うのですが・・・)

例Aをシーンに当てはめた極端な例

上図は、前述のアクションを使用したシーンの例です。これは誇張していますが、類する演出はあったように思います。このような動きにはガンダムSEEDでの演出から受け継がれた部分もあるんじゃないかと思うのですが、宇宙空間での運動においてAMBACという設定が成されて久しい宇宙世紀作品で、あまり奔放な動きをさせるのもどうかという気がします。見た目のリアルを狙っている場合には。

それと、静止画作品でも見得のパターンが決まってきているように思います。下図はその例です。

例C 静止画で見られるアクションパターン

人型ロボットを格好良く見せるには、人間の動きの格好良さに倣わせるのが必然ではあるのですけど、あまりに大げさな見得には、むしろロボットの造形を画一的な印象に閉じ込めて、どれも同じように見せてしまうキライがあるように思います。(勿論、人体トレースの設定があれば別。そちらは人間的な動きを”させなければならない”)

例Cは平均的体型ですが、プロポーションに個性があるロボットは、その体系と、独特の動きを強調したいところです。

また、近年は3Dモデルの加工や、設計データから線画を抽出して絵が作られるそうですが、CGには描き手の想像のつかないアングルを容易に示すことが出来るのでしょうから、ビジュアルの意外性の発見に期待してもいます。せっかくの技術が、テンプレートに則した絵の生産にとどまっていては、つまらないですから。

<おまけ>

おまけB

例Aをサザビーによって示そうとしたものですが、なんかそれなりに格好がついてしまった。