
単純なラインとおおらかな曲面で構成されたデザインのロボットを、細かくパーツ分割した平面の複合物に変えてしまうのが、いわゆる”リアルな”アレンジだ、っつー方向性を私は支持しないんだ。
二次創作周りで、公式や元の作品において明確に描かれない部分についての自分がしていた想像が、他者が思い描いているそれと通じることを、”解釈一致”という言葉にすると思いますが。(あってる?)
それが私の場合は”面構成”についてだな。
私は主な描画対象がロボットのうえ、殆ど見た目しか気にしないので、他人が描いたキャラクターの人物像とか関係性とかは、見た目さえ美しければ割とどっちでもいいんです。
(見た目は内容のために設定されるものなので、見た目が好き、というのはおそらく内容も好きなのです。とは言っても受け付けない内容はありますが。)
ただ、ロボット(や他の物体)のデザインの解釈については気になります。
いや、解釈っつーか、上に置いた誇張的な例だと、もはや同じ記号性に基づくも完全な別物体なのですが。
まあ、こういうのは、敢えて立て込んだSFプロップ的な様式に変換するのが、ちょっとおかしいけど、でもカッコよく見えちゃう、という、憧れと笑いが混ざり合ったような、両面価値的なネタとしてやってることも多いだろうとは思うけど。
解釈と言うよりは、見る要素が違う流派だ。
私は輪郭線の内側が好きで、一方、記号としての線が示す物体の切れ目さえ残れば外形は自由に想像出来る、というやり方もあるわけ。
球で示されるものが曲面の繋がりなのか、球状ならば十二面体でもいいのかって感じ。
で、それは私とは解釈のしかたが違うのだ。
私は、線構成・面構成は”デザインそのもの”だと思ってるから。人工物に関してはね。
これが人物とか動物、自然物だと、それはこの世界に存在すると考えられる原型を省略したものだという性質が強くなるから、リアルにしようとすると逆に情報が増えるのですが。まあそれはべつの話。
じゃあ例えば実写のトランスフォーマーなんて嫌いなのね?って言えば、いや、私は好きですよ。
あれは元となる乗り物から変形するロボット、という役割が同じですから。
上の絵はふざけて描きましたけど、これはもう役割・目的を違えているだろうことが分かります。
言わば、もしもお友達ロボットが戦闘兵器だったら・・・みたいなお遊びで、”お友達ロボットをリアルに描いた”わけじゃないんです。
(子供と触れ合うものが、こんなカドとスキマの集合体であるはずがありません。逆に、戦いの前線に投入されるロボットだとすれば、左のようなどう動くんだかわからないシームレス形状に整える必要はありません。無駄にゴテゴテした形状である必要もないけど。)
あるデザインの線が示すのが、機能性なのか記号性なのか、その解釈の違い、表現の優先度の違いですかね。
あ、上の絵は私による某ロボットの解釈ではなくて、仮想の例です。
