
映像の拡縮ではなくカメラが前後する映像にイラっとくるの。
カメラが近づくと対象の形は歪む、無駄にブレる、死角は増えるし状況との関係性をまるで無視して勿体ない。
カメラと対象との位置関係に無理やりライドさせられる・・・。
最近の飛行ドローンで、レース競技を追従撮影をするのは面白いと思うよ。
レースは絵として眺めてるわけじゃないからね。
でもそれが飛び立つ白鳥の群れとかだったら?ケツから追います?違うよね、引いた位置から状況を絵として収めますよね。
アニメは割と図左のような動きをするのだけど、アニメのセルなんか平面だからクドくは無いんです。
描画範囲を絞りつつ、いかに大きく多く動かすかって方法論でもあるでしょう。
しかし実写でカメラが接近するのは、その状況にカメラ=視聴者という余計な参加者を増やすのです。
そんなことはしたくない。
状況を見たいのに、なんで状況に混ざる必要がありますか。
それもわざわざ特別にロケーションを用意しておいてそういうことをやるから呆れる。
花畑なら花畑と、海なら海と対象との関係で絵を作るべきでしょう。
私の興味は映された対象にあるのであって、カメラマンの”接近”撮影技術にあるのではないのです。
作為は隠すべきです。
高度な技術、評価されるべき技術が映像に注がれているのと、映像を以て技術を披露するのとでは、まるでやってることが違います。
おそらく後者のそれは作品ではありません。
技術デモであり、センスの披露会です。
まあ、そういう映像に臨場感を感じるってこともあるのかもしれんけど、イメージビデオはさあ、イメージ、絵を撮ってくれよ・・・。
それも、スチルだけは望遠で撮ってるからムカつくよな。
その方が美しい画だとわかっているのに、本編は纏わりつくハエみたいな映像、なぜなの?
・・・手カメラひとつで撮れるからだろうな。
資料的にはグラビア写真と同じ画角で撮った「動く写真」が見たいのです。
カメラが近づいてしまえば、「撮り手の視点、位置から感じる状況」に情報が固定されてしまうのです。
同時に素材の魅力を撮り手の作為で上書きすることになります。
キレーなおねーちゃんを撮ってる映像・・・ただし”間近でジロジロと纏わりついて”という余計な情報が挟まる。
我慢なりません。
近接撮影で疑似主観なんてやってないで、VRでやりゃいいじゃないか。
実際エッチものではVR作品が展開されているのに、つまりそれは疑似エッチということなんだが、じゃあイメージビデオってなんなんだよ。
疑似エッチを望む、ただし行為の実物的詳細は画面から排除したい、という層に向けたものなのか?
イメージってそういう意味なの?
俺がコンセプトを誤解しているだけか?
とは言え、平面に映された女を抱きたいというときに、それは「女を抱いているときの人間の主観の視覚情報」でなければいけないか?
そこまでお膳立てされなくてもよくないか?
じゃあエロ漫画も本当は、完全主観視点のものがいいってことになるのかな。
違うよなあ。
そういう疑似恋愛を嗜む者の自虐ネタとして、「結局恋愛してるのは作品の主人公であって、俺ではないんだよな」なんて言うが、本気でそんな風に失望するのはバカであって、そんなことはそもそも物理的情報の上でハナから分かり切ってることだろう。
想像しろよ・・・。
例えば今なら、このキャラと愛し合っているときの主観情報を絵にしてくださいとAIに頼めば、(VRビデオのスクショなどを基にして)その通りに作ってくれるのではないか?
ただ,それは人物の顔を置き換えるフェイクと同じで必然性がなく、直前まで思い描いていた空想の輪郭を棄ててまで、そんな情報に説得されることを私は望みはしない。
ある同人エロ漫画を実写化したエロ動画もあるくらいで、ラインナップを眺めていると、その設定からパッケージデザインに至るまで、現在のエロ動画が同人の影響を受けているのが分かる。
絵描きが実写を参考にするのと逆に、実写動画が漫画を参考にすれば、それは実写の情報優位性を棄てている。
お決まりのポーズお決まりの構図お決まりの近接撮影に終始すれば、この立体世界の情報を連続的に写し取れる道具を活かせちゃいない。
人間の全身運動を漏らさず連続的にトレースするなんてのは絵でやれば相当な手間であり、それを出来るのが動画の魅力であるはずだが、何故に情報に文字通り”角度を付けて”撮影するのかさっぱりわからん。
エロに限った話ではなく、ドローン撮影技術の投入とともに、ドラマなどでも望遠撮影が廃れているように見える。
エロ漫画界の「定点カメラってエロいよね」という動きも通底したものを感じるが・・・。
その固定カメラ・監視カメラ的な映像、その場に存在する視点から撮ったような映像は、物陰から、あるいは透明人間になってその場に参加し、覗き見しているようなセコいものにしか見えない。
それがエロ漫画のシチュエーションで、監視カメラから見ているとか、設置したカメラで記録したものだとか、盗撮映像だとか、そういう設定であるならば必然性があるのだが、そうでないならあまり創造的な試みだとは思われない。
例えば時代劇なんかには適していない。忍びの視点を表現するなら別だが。
写真の登場以降、絵はその時代の写真構図の影響を受けてきたものだと思う。
最近で言えばスマホだ。
同時にイラスト界にも、スマホで撮ったような構図の絵が溢れるのだが、スマホで撮ったような武士とか、スマホで撮ったような竜とか、スマホで撮ったようなエルフとか、なんかコスプレみたいだなあと。
それは当然、コスプレ撮影会とかの設定で描かれた絵であれば、齟齬はないのですが。
そういう齟齬、内容の無意味さこそ流行の性質であって、そういうものほど後になって、あの年代はああいう流行りがあったよねって、思い出すんだろうけど。
似たようなものを見ても面白くはないです。
それが自分の嗜好にあっていれば、好みのものばかりでウハウハ、ともなるかもしれませんが。
宿命の二人が対決するのが、無人の海岸か、辻か、乱闘の中か、出会い頭か、脱出ポッドの中か、高速道路か、これらのシーンがそれぞれどんなカメラワークで撮られるべきと感じるか、それぞれどんな映像だったら気持ちいいか、そう考えればわかりやすいでしょうか。
全部同じってことは無いはずです。
